嫌いで大丈夫
「つまり、ソイツに嫌われてるって思ってたけど、実はアンタがソイツのこと嫌ってたってこと?」
「そう、いう…こと…かな…?」
ハッキリしないわね、と美しい顔を曇らせてコーヒーをあおった。
「で?」
「いや…私って、いなやなつ…だなぁって思ってさぁ」
「フン」
今度は呆れたように、美しい唇を歪ませてみせた。
「たしかにアンタは根暗でバカでどうしようもなくネガティブだけどね」
「……」
この人の、こういう、清々しいほど裏表がないところが好きだ。
自分には無いもので、時々どうしようもないくらい眩しくて、ほんのちょっと苦しくなる。
「御人好しなのよ」
まぐ、とシフォンケーキを頬張る。
大きな口を開けても、彼女は可愛い顔をしている。
「アタシだって嫌いな奴は山ほどいるし、山ほどの人間から嫌われてるって分かってる」
ごくん、と大きな音を立てて、咽せる手前で私はハーブティーを飲み込んだ。
「でも、それが何だっていうのよ」
「……」
「職場の人間とは最低限仕事が一緒にできればそれ以上仲良くなる必要もないし、アタシのこと嫌いな奴はアタシだって嫌い。ゴキゲンとって好きになってもらおうなんて、考えなくったっていいのよ」
そんなことより、寒くなったから新しいコート買いに行くの付き合ってと彼女はコーヒーを飲み干した。
「あ、私もマフラー見たい」
綺麗な手が領収書を私からひったくる。
「アンタのことは、ゴキゲンとってあげる」
彼女はニンマリと笑って、コツコツとヒールを響かせてレジへ向かった。